黒船来航

徳川幕府の終焉、幕末動乱の幕開けを告げる黒船来航

嘉永六年(1853年)六月、ペリー提督率いるアメリカ東インド艦隊軍艦四隻が浦賀に来航する。四隻の軍艦は、防水と防腐のために塗られているピッチ(コールタール)独特の色である黒光りを放っておりました。『黒船』と呼ばれる所以であります。『サスケハナ号』と呼ばれた旗艦にいたっては、二四五十トン、当時世界でも最大の蒸気船でした。 さて、当時の日本が所有していた最大の船といえば、紀伊国屋文左衛門の千石船(廻船)百トンでした。これがこの時代のアメリカ(世界)と日本の立場を如実に表しています。 この巨大な相手が開国を迫ってきたのです。このときの徳川幕府の動揺は、それまで縦割り構造を強制してきた幕府が、諸藩、諸大名に開国か、鎖国かと意見を求めるようにならざるをえない状況としたのです。

つまり絶対的権力の揺らぎが始まったのです。 しかし、たとえ『黒船』が現れずとも時の流れ、世界の流れがこの状況を遅かれ早かれ生んだはずです。私は、この時の相手がアメリカでまだ、日本は救われたと思ってます。 もしこれがあからさまな植民地の開拓として来ていた国・・あえて名指しはしませんが・・だったらもっと最悪の状況になっていたかもしれません。 アメリカの目的は交易つまりアジア市場への進出のための中継基地として日本を開国させるという目的が第一でした。そして日本は最適な国だったのでしょう。 つまり世界の国々が日本を狙っていたのです。すでに時代は、一つの島国としての独立した立場を捨てることを要求していたと言えるでしょう。