058|新撰組活劇「いつか何処かで〜沖田総司物語」|小説「橋畔」

普段ならば、大人の膝を隠す程しか水嵩のない小川が、先刻まで降り続けた雨ため、濁流となって、激しく唸りながら流れている。

「うるさいっつ」

平間重助が川に向って叫ぶ。川の轟音は、平間を支配する恐怖を一層掻立て苛立たせる。
捨てた女、糸里の罵声とも聞こえ、また、自分に襲い掛かろうとする、獣の雄叫びにも聞こえた。

「黙れっつ」

しかし、その空しい叫びも川の流れは取り込み、激しく唸る。音に負けじと必死に助かる道を思案する。

・・・誰が追っ手か、部屋に踏み込んで来たのは、永倉新八と井上源三郎だった・・・夜眼は利く、間違いない。
連中が来るか・・・いや、旨くすれば、奴らは東に向ったかもしれん。だが、手分けするとなれば、一人は追ってくるかもしれん。
だが一人なら殺れる、いや、例え二人掛かりで打ってきたとて、必ず返り討ちにしてやるぞ。
平間は、左手にしかと大刀を握りしめ、ひたすら走り続けた。そして前方に橋が見えて来た。

「あれを渡ればっつ」人家に、寺に逃げ込める。
暫く身を潜め、隙をみて船で一気に上方へ、大坂に・・・
いや、だめだ。大坂にも新撰組の息の掛った連中がいる・・・

「とにかく橋を渡らねばっつ」
平間にとって濁流に架かる橋が命の綱に思えたのであろう。
橋板を踏もうとしたその時、突然、背後に迫る者に気付き、足を止めた。

「来たかっつ」
振り向く前に、平間はそれが追っ手だと確信した。
川音が迫り来る足音を掻き消していたのである。
だが、気配は一人に違いなかった。

・・・殺れるぞ・・・

平間重助は、自分自身を奮い立たせるように柄に力を込め叫んだ。

「永倉か、井上かっ」

平間は、振り向き様に抜刀し、闇に紛れる追っ手の姿を確認するため眼を凝らした。
一歩、二歩と追っ手はこちらに歩んでくる。そして闇を自ら払うように姿を現した。

その姿に平間重助は、凍り付いた。
追っ手に・・・その姿は、決してないと踏んでいたのである。
その者は、芹澤鴨と・・・そう、あの剣豪芹澤先生と共にいる筈、
いや、まさか・・芹澤先生を・・・まさかっつ、先生がやられたのか・・・

平間は、芹澤の実家、木村家に長年仕えてきたのである。
芹澤の気性には、煩わされることも多々あったが、その凄まじいまでの剣の腕は、誰より知っていたのである。
だからこそ、自分たちが襲われた時、芹澤もまた、この男と斬り合っているのだと気付いた・・・が、
この追っ手が、どれ程の剣の腕、技をもっていたとしても、どれ程、倒幕志士たちに畏怖されておろうとも、
その闘いは、芹澤鴨と、この男との闘いは、四分六で芹澤が勝つだろうことは間違いなかった。
自分が芹澤、いや木村家に仕え、そして、共に故郷水戸を離れてより今日に至るまで、芹澤鴨の強さは、揺るぐ事のない自分の中の誇りでもあった。

・・・なのに、なぜ・・・
・・・なぜ、この男が今、自分の眼の前にいるのか・・・

「沖田・・・沖田総司」

平間重助は、その名を叫ぶと同時に、自分の前に姿を現した狼の眼に凍り付いた。
その眼に宿る冷たき炎を、以前にも見た事があった。

そう・・・あれは・・・