054|新撰組活劇「いつか何処かで〜沖田総司物語」|小説「壬生の狼」挿絵「壬生の狼」沖田総司イラスト

沖田総司は梅を抱きかかえ、平山五郎そして芹澤鴨の躯がある部屋に運んだ。
そして、芹澤の傍らにそっと寄り添わせながら呟いた。

「逃げたのは、平間さんですか」
刀を拭う事もせず、鞘に納める様子もない土方歳三に問うた。

「女を連れて逃げられた、井上さんたちが追っている。」
土方は、芹澤の傍らに寄り添うお梅を見つめながら答えた。

  なぜ、土方歳三が刀を拭わぬのか・・・納めないのか・・・沖田総司は、すべて承知していた。
この部屋で、まだやらねばならぬことが、彼には残されていたからである。
ここに眠る三名は、深夜屯所内に潜入した輩に、賊に斬殺されたのであるから、この暗殺劇に最後の手を、土方歳三は加えねばならぬのだ。
それは、この劇に加わった者たちが皆承知していた。
原田左之助も、そして沖田総司も。

カチンッ 沖田総司が鯉口を切る。
土方歳三がやらねばならぬことを、沖田もまた請け負うとした。

「おまえは・・・いい。おまえは、もう今夜はさがれ。」
土方の中で総司は十二分に役目を果たしてくれていた。
そして、芹澤鴨との死闘の末、総司が疲れきっていることも、目の前にいる男の顔色を見れば分かる。
ここに横たわる者たちと、大差ないほどに血の気が失せていた。
だが、そんな痛々しく注がれる土方歳三の視線を逸らすかのように、沖田総司は、ふっと目を伏せた。

「土方さん、我々に『もういい』はないでしょう。
我々は、もう止まることは許されない。
何処までも行くしか、突き進むしか道はない。
そうでしょ、歳さん。」

土方歳三の気遣いは、十二分に承知していた。だが、まだ幕は下ろされていないのである。
土方もまた、沖田総司という男がここで引くとは思ってはいなかった。
そして、予想通りの返答に、己もまた用意していた命令を返した。

「ならば、お前は平間重助を追ってくれ。ここは、俺一人で事足りる。」

そう命ずる土方歳三の表情に、先ほどまで漂っていた試衛館以来の仲間、兄弟弟子としての情は消えていた。
近藤勇という大将を筆頭とした一大組織「新撰組」のために、すべての闇を被る決意の炎だけが、その眼に映っていた。

「いいかっ、決して逃がすな、必ず仕留めろっつ」

土方歳三のその命令を待っていたかのように沖田総司は踵を返す。
そして、駆け出そうとした時、土方が自分の懐から何かを出し、沖田総司に投げつけた。

パシッ
総司は反射的にそれを受け取る。
それは、五尺程も有ろうかという黒い手拭だった。
土方は振り向きもせずに、ただ自ら手にかけた梅の亡骸を見つめながら呟いた。
「平間の女は斬るに及ばぬ、我々に、新撰組に深く関わってしまった・・・このお梅とは違う。 顔を見られなければ、捨て置け。」

総司は微かに口元をほころばせ、手拭を懐に忍ばせた。

「承知っつ」返答を残し、沖田総司の姿が部屋から消えた。

先刻まで、土砂降りだった雨が上がろうとしている。
しかし、水を吸った道はぬかるみ、滑りやすくなっていた。
沖田総司は、八木邸より伸びる道を見渡し、そして感を研ぎすませようと眼を閉じた。
「自分が帰ってきた島原から北に上るこの道を、平間が使ったはずはない。
・・・ならば東へ、大通りに出て町家の中に紛れるつもり・・・か。
井上さんたちが追ったのは、おそらく東であろう。
女連れでいくとすれば、平間が遣い手とて永倉、原田、井上たち三人を相手に逃げ切れるはずは・・・ない。」

・・・だが・・・しかし・・・

おそらく井上たちが追って、走り抜けたであろう東へ続く道ではなく、沖田総司の眼は、壬生菜の畑を通るように伸びる西の道を、暗闇に続く道を見据えていた。
その姿は、あたかも狼が獲物の匂いを嗅ぎ取った姿であった。
少しずつ歩を進める、西に向い・・・一歩、二歩と
そして先刻、土方より渡された手拭を懐より取り出し、首に掛け、巻き付ける。
一重(ひとえ)・・・そして・・二重(ふたえ)・・・と、
それに合わせるかのように、歩も早くなる
首に巻き付けた手拭を、鼻先まで押し上げる
そして、疾風の如く、狼は獲物に向って走り始めた。
西に続く闇に向って・・・
挿絵「壬生の狼」沖田総司イラスト