047|新撰組活劇「いつか何処かで〜沖田総司物語」|小説「残雨」

「いややわぁ、また降りはじめたし・・・」

雨音に耳をむけながら梅が呟く。今夜は、雨が降っているぶん蒸し暑い。 梅の白い首筋にもうっすらと汗が浮き上がる。
「先生・・・遅いなぁ・・・」

  珍しく芹澤の帰りを気にした。いつもなら、先に床につく時間である。
平山も、平間も先ほど帰ってきたようである。
例のごとく女を連れて・・・

「ふんっ」梅は、小馬鹿にしたようにその女たちを思い浮かべ、 鼻で笑った。どうせ、商売女である。

「うちは、あんな女たちとは、ちがう。」
梅の中には、男から男へと夜ごと移る、囲われ格子の中の女たちとは、自分は違うのだという誇りがあった。

「うちは、自分で男を選べるんや、相手をする男は、うちが自分で選んできた。」

そして今、自分が今、選んでいるのは・・・芹澤鴨である。
ふっ・・・今度は、呆れたように笑った。
あんな酒に溺れきった男でも、自分に貢いでくれているのだから、 少しは情でも芽生えたのかもしれない・・・

そう、芹澤鴨への情が自分の中に少しは、あったということに気づき、自分自身に呆れ笑ったのである。
「今夜は、先生・・・気持ちよぉさせて、あげまひょか・・・」

首筋よりふくよかな胸元に流れ落ちる汗を、指で辿りながら、艶かしく呟いた。

・・・カラ・・・
隣の障子を引く音と共に、キシキシと廊下が鳴る。
少し軽やかな足音は、女の者に違いない・・・
男との寝やの最中に手水に抜けるなど、無粋なことである。

「ふん、しゃっちもない女郎や」梅は、飽きれたように呟いた。

お梅の察しの通り、平山五郎が連れ帰った小栄という女が、厠に行く足音であった。
いそいそと厠に向う小栄に、忍び寄る影があった。そして、その影は背後より女の口を押さえた。

「ふぐっ」
何が起こったのか・・・叫びたくとも、大きなゴツゴツとした手が、抑え込むように小栄の口を塞いでいる。
そして、帯の結び目を外すように、脇腹に冷たい物があてがわれている。それが何なのか、背後の男の声でわかった。

「よいか、けっして声をだすな、振り向けば刺す。」

そう、間違いなく自分の脇腹には、刀の刃が突きつけられているのだ。
そして、こらえていたものが溢れ、しもを濡らしてしまった。
男の声は容赦なく続ける。

  「このまま、真っすぐ、振り向かずに門をでろ。
さすれば、命は取らぬ。
よいか、決して振り向くな、そしてこのこと何人たりともに口外するな
たがえれば、斬る。」

小栄は、出ぬ声の代わりに必死に何度も頷いた。
そして男は、「いけっ」と彼女の背をついた。
小栄は、決して振り向きはしなかった。
彼女の眼にはただ、八木邸の門だけしか映らなかった。
平山のことなど片隅にも浮かばなかった。 所詮、一夜二夜だけの買われた仲である・・・そして、濡れたことへの恥じらいすら忘れ、ただ、ひたすら走って逃げた。

小栄の姿が消えるのを見届けながら、大刀の下緒を襷とし、男は彼女が戻るはずであった場所へ、平山五郎がいる部屋に女の代わりに戻った。
それと合わせるかのように、平間重助とその女糸里がいる部屋に、控えていた二人の男が入る。

梅は、行ったきり、戻らぬ女の足音など気にも止めずに、雨音を聞きながら芹澤鴨の帰りを待った。