新撰組歴史年表録

新撰組結成となる文久三年(1863年)
近藤勇、土方歳三、沖田総司らが入隊した浪士隊の上洛より始まる
新撰組の史実を辿る幕末新撰組歴史年表

新撰組年表

年号(西暦)月 日新撰組歴史年表項目
文久三年
(1863年)
2月8日清河八郎の提案により幕府が募集した浪士隊、江戸を出立。
文久三年2月23日浪士隊、京都に到着。
文久三年3月12日近藤勇ら壬生残留浪士組、京都守護職 会津藩の御預りとなる。
文久三年6月3日芹沢鴨、大坂相撲力士らとの乱闘事件を起こす。
文久三年8月13日芹沢鴨、大和屋焼き討ち事件を起こす。
文久三年8月18日【八月十八日の政変】壬生浪士組出動、そして「新撰組」拝命。
文久三年9月18日近藤勇ら試衛館派、芹沢鴨一派の粛清暗殺。

元治元年
(1864年)
6月5日新撰組、宮部鼎蔵・吉田稔麿らが集っていた旅籠池田屋に斬り込む。
【池田屋事件】
元治元年7月19日【禁門の変】新撰組、九条河原へ出動。
元治元年10月27日伊東甲子太郎ら新撰組隊士として上洛。
(1865年)2月23日山南敬介が脱走する。新選組局中法度違反により切腹。
介錯人は沖田総司。山南敬介は四条大宮光縁寺に埋葬される。
(1865年)3月10日新撰組、屯所を壬生から西本願寺に移す。
慶応三年
(1867年)
3月10日伊東甲子太郎、篠原泰之進ら山陵奉行より御陵衛士を拝命。
慶応三年3月20日伊東甲子太郎ら新撰組より分離する。斎藤一、伊東一派と行動を共にする。
慶応三年6月15日新撰組、屯所を西本願寺から不動堂村に移す。

慶応三年10月14日

【十五代将軍 徳川慶喜、大政奉還を奏上】

慶応三年11月18日新撰組、伊東甲子太郎を油小路にて襲撃。駆け付けた藤堂平助らも斬殺
【油小路の決闘】
慶応三年12月9日

【王政復古の大号令】

慶応三年12月16日新撰組、旧伏見奉行所に入る。
慶応三年12月18日新撰組局長 近藤勇、篠原泰之進ら伊東一派御陵衛士残党に狙撃され、右肩負傷。
慶応三年12月20日沖田総司、近藤勇に従い大坂へ。
慶応四年
(1868年)
1月3日

【鳥羽伏見の戦い〜戊辰戦争】

新撰組歴史年表録は随時追加更新していきます。

上記の年表は新撰組の出来事を主要に記述した年表です。
幕末時代の事件、出来事を記載した歴史年表は幕末新撰組歴史年表に掲載しています。
■幕末新撰組歴史年表■