鏡新明智流剣術

岡田以蔵を始め、多くの幕末志士達が其の門人であった江戸三大剣術流派「鏡新明智流」

 江戸三大剣術道場、玄武館(北辰一刀流)、練兵館(神道無念流)、そして一番の古株である鏡新明智流、士学館です。
創始者は桃井八郎左衛門直由という人物です。彼は、剣術のみならず槍、居合術に長けており、諸国武者修行の後に安永二年(1773年)、日本橋に鏡新明智流道場士学館を構えました。しかし、翌年、南八丁掘アサリ河岸に士学館を移して間もなく病死。享年五十一歳。
そして、その後を継いだのが桃井春蔵直一、そしてその息子、直雄が三代目を継ぎ、四代目の桃井春蔵直正は講武所の師範としても名を残した人物です。

講武所とは幕末に幕府が武術全般、剣術、槍術、砲術などの鍛錬のためにつくった施設です。
講武所の師範として名を列ねるのが男谷精一郎、勝海舟、高橋泥舟、高島秋帆、江川太郎左衛門、榊原鍵吉そして桃井春蔵といったそうそうたる面々です。
一説によれば、近藤勇が師範の候補に挙がったが武士という身分をもたなかったため採用されなかったという話しもあります。新撰組隊士の中で鏡新明智流は、稲次春之助がいます。
そしてあの「人斬り以蔵」と恐れられた土佐の岡田以蔵もこの鏡新明智流、士学館の門人でした。